ショート・ショート・バイオグラフィ:短い伝記

後醍醐天皇

ごだいごてんのう

後醍醐天皇は、天皇による政治を実現したいと考え、鎌倉幕府を倒すために挙兵しました。(元弘の変)
この反乱は、簡単に鎮圧され、後醍醐天皇は捕まり隠岐島に流されました。

翌年、後醍醐天皇は隠岐島を脱出し、足利尊氏新田義貞楠正成の協力を得て鎌倉幕府を倒しました。

後醍醐天皇は建武の新政を行いましたが、これに不満を持った足利尊氏が挙兵し敗れました。

吉野にのがれた後醍醐天皇は、そこで新たな朝廷(南朝)を開き、京都の朝廷(北朝)と対立しました。
このときから、1392年に両朝廷が統合するまでの期間を南北朝時代といいます。

1339年、京へ戻ることのないまま、吉野で崩御しました。

建武の新政は「建武の親政」と書く場合があります。






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